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東京高等裁判所 平成2年(行ケ)173号 判決

東京都中央区銀座一丁目一三番一号

原告

日本クリンゲージ株式会社

右代表者代表取締役

戸谷正喜

右訴訟代理人弁理士

旦範之

高橋功一

旦武尚

東京都千代田区丸の内二丁目六番二号

被告

文化貿易工業株式会社

右代表者代表取締役

望月正

右訴訟代理人弁理士

本多小平

谷浩太郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

「特許庁が平成一年審判第四四一八号事件について平成二年四月一九日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文と同旨の判決

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和五八年四月二七日、訴外フジミツ機械工業株式会社から、同社が所有する特許第一一〇五三七〇号発明(発明の名称「液面計」、昭和五七年七月一六日設定登録、以下この発明を「本件発明」といい、本件発明に係る特許を「本件特許」という。)の特許権を譲り受けたところ、被告は、平成元年三月一三日、原告を被請求人として本件特許の無効審判を請求し、平成一年審判第四四一八号事件として審理され、平成二年四月一九日、「特許第一一〇五三七〇号発明の特許を無効とする。」との審決がされ、その謄本は、同年七月一八日、原告に送達された。

二  本件発明の特許請求の範囲

側管10によつてタンク3と連通して垂設されたコラム2内部にマグネツト5を、そのいすれか一方の磁極を指示器1の方に向けて載持したフロート6を浮べ、中心線に垂直方向にマグネツト7を具有し該マグネツト7の両極方向を境界線8として2色に表面9を塗り分けかつ回動自在に枢支したローター4を多数縦方向に配設した指示器1を該コラム2に当接させる事を特徴とする液面計(別紙図面一参照)

三  審決の理由の要点

1  本件発明の要旨は、前項の特許請求の範囲記載のとおりである。

2  請求人(被告)は、本件特許の無効事由として大略次のとおり主張した。

本件発明は、その出願前に日本国内において頒布された刊行物であるドイツ連邦共和国特許第九六九四〇四号明細書(以下「引用例」という。)、昭和四一年実用新案出願公告第二四八六九号公報、ドイツ連邦共和国特許第一一〇九九一三号明細書(以下「第一周知例」という。)及びアメリカ合衆国特許第一〇四〇一二七号明細書(以下「第二周知例」という。)に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法二九条二項の規定に該当し、本件特許は、同法一二三条一項一号の規定により無効とすべきものである。

3  被請求人(原告)は、これに対し、大略次のとおり答弁した。

(a) 引用例記載の発明は、本タンクに原動磁石(制御磁石)を位置させるので、本タンクの種々の径のフロートを用意しなければならず、大型タンクに用いることはできない。これに対し、本件発明は、コラムに原動磁石を位置させるので、一定の径のフロートであればよい。

(b) 引用例記載の発明は、ローター自体永久磁石で構成されているので、ローター相互間の磁気吸引力が極めて大きくなるため、ローターの間隔を密にした場合、原動磁石は強力な永久磁石を用いなければならない。逆に、ローターの間隔を粗にすれは、正確な液面表示ができないことになる。これに対し、本件発明は、樹脂性ローターの内部に小型従動磁石を具有し、指示器に一連に配設されたローターの間隔を密にできるから、指示器を目視したときは一本の帯状の如く色彩が連なり、正確な液面表示がされうる。

(c) 引用例記載の発明のローターと本件発明のローターを数値をもつて比較すると、本件発明のローター磁石(従動磁石)は、引用例記載の発明のローター磁石の三〇分の一の質量であり、原動磁石(制御磁石)の点を比較すると、引用例記載の発明の原動磁石(フロート磁石)の質量(強さ)は、本件発明のそれの六〇倍だけ要求される。

(d) 磁石の絶対量を比較しても、本件発明の磁石は、引用例記載の発明の磁石より三〇分の一以下の少ない量であり、経済的にも優れている。また、本件発明の磁石は、引用例記載の発明の磁石に比較して、残留磁化が三〇分の一以下のものを選ぶことができ、材質の選択の巾が大きいので、安価な磁石を使用できる。

(e) 第一周知例と第二周知例に記載の各発明は、いずれも本件発明とは、その目的、作用効果が相違する。

したがつて、本件発明は、前記各刊行物に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないから、これを無効とすべき理由がない。

4  そこで、請求人の前記主張について検討する。

引用例には、「タンク15内部に、マグネツト4の一方の磁極を指示器17に向けて載持したフロート16を浮かべ、中心線に垂直方向のマグネツトであり、かつ、このマグネツトの両極方向を境界線としてその表面を2色に彩色したものからなる回動自在に枢支したローター2を多数縦方向に配設した指示器17を、タンク15に当接させた液面計(別紙図面二参照)」が記載されている。

そして、本件発明と引用例記載の発明とを比較すると、両者は、マグネツトの一方の磁極を指示器の方に向けて載持したフロートを液面に浮かべ、中心線に垂直方向のマグネツトの両極方向を境界線として表面を2色に塗り分けかつ回動自在に枢支したローターを多数縦方向に配設した指示器を、磁気的に連係動作させるようにしたタンクの液面計という点で一致し、次の二点で相違するのみである。

(一) 本件発明は、タンク3と側管10によつて連通して垂設されたコラム2に磁気応動指示器1を当接させたものであるのに対して、引用例記載の発明は、タンク15に直接、(磁気応動)指示器17を当接させたものである点

(二) 本件発明は、マグネツト7をローター4本体とは別材料にした、即ち別部品にして「具有し」た構成としているのに対して、引用例記載の発明は、ローター2自体がマグネツト10、12、14……そのもので構成されている点

前記相違点について検討する。

先ず相違点(一)についてであるが、タンク本体と側管で連通する垂設されたコラムに、磁気応動指示器を当接し、間接的にタンク内の液面を検知指示することは、従来から周知事項(第一周知例、第二周知例等)となつているものにすぎない。

更に、この場合のフロートは、コラム内径に適合する一定の大きさであればよいということも、当業者にとつて明らかであるから、相違点(一)には、何ら格別のものを認めることはできない。

次に、相違点(二)についてであるが、ローターを、マグネツト単一体で構成するか、あるいはマグネツトと他材料部品(ローター本体)との組合せで構成するかは、製作上の容易性、原価あるいは磁性材の磁気特性等の諸条件を勘案して任意に採用しうる所謂設計上の任意事項に属するものである。したかつて、ローターを、マグネツトと他材料部品との組合せ構成、即ちマグネツトを具有した構成にするのも、何の困難もなく成しえたものである。

よつて、相違点(二)にも何らの発明力を認めることはできない。

なお、被請求人の前記(b)の主張は、ローター4の従動磁石7が、その外部に露出されない(埋設されている)場合の効果を述べているものにすぎず、本件発明の構成要件である「マグネツト7を具有し」たものにより奏する作用効果とは認められない。

また、各マグネツトの質量、強さあるいは残留磁化の決定も、装置(計器)を製作する際の諸条件を考慮して、任意に選択できる所謂設計上の任意事項にすぎないものである。したがつて、また、被請求人の前記(c)の主張も採用することができない。

以上のとおり、本件発明は、その出願前に日本国内において領布された引用例並びに第一周知例及び第二周知例に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであつて、特許法二九条二項の規定に違反して特許されたものであるから、本件特許は、同法一二三条一項一号の規定により、これを無効とする。

四  審決の取消事由

審決の引用例の記載事項、周知事項、本件発明と引用例記載の発明との一致点及び相違点の認定並びに相違点(一)に対する判断は認めるが、審決は、相違点(二)について判断するに当たり、本件発明の特許請求の範囲に記載された、「中心線に垂直方向にマグネツト7を具有し……たローター4」の技術内容は、マグネツト7をローター4の外部に露出しないように埋設することを意味するものであるにもかかわらず、右の「具有し」とは、マグネツトをローターに埋設したものに限定されないと認定し、この誤つた本件発明の要旨の認定に基づいて、本件発明の奏する作用効果の顕著性を否定し、本件発明の相違点(二)に係る構成に何らの発明力を認めることはできないと判断して本件発明の特許を無効としたものであり、違法であるから、取消しを免れない。

1  明細書の特許請求の範囲に記載された事項は権利者の権利範囲であるのに対し、明細書の発明の詳細な説明は権利を求めている発明を具体的かつ詳細に明示するものであり、特に図面は発明を分かりやすく図示するものである。

したがつて、特許請求の範囲に記載されている事項の解釈は、発明の詳細な説明及び図面を参酌してなされなければならないものである。

「具有」とは、具え有することであり、別部材のローターとは別にその内部にマグネツトを具え有したことをいうのであつて、その詳細な構成は、本件明細書の発明の詳細な説明に、「ローター4の中央部には前記境界線8を結ぶ方向に両極を配した従動マグネツト7が埋設されている。」(昭和五六年特許出願公告第二四二一三号公報(以下「本件公報」という。)二欄三五行ないし三七行)と記載され、図面の第3図ないし第6図にマグネツト7がローター4に埋設されているように描かれているとおり、ローター4にマグネツト7が露出しないように埋設することである。

一方、引用例記載の発明においては、ローターはマグネツト自体で構成されているものであつて、本件発明とはその構成を全く異にするものである。

2  この点に関し、審決は、ローターをマグネツト単一体で構成するか、あるいはマグネツトと他材料部品(ローター本体)との組合せで構成するかは、製作上の容易性、原価あるいは磁性材の磁気特性等の諸条件を勘案して任意に採用し得る所謂設計上の任意事項に属するとして、本件発明のようにローターをマグネツトと他材料部品との組合せの構成、即ちマグネツトを具有した構成にすることは何の困難もなくなし得たものであると判断している。

しかし、マグネツトを具有した構成とは、マグネツトをローターに埋設した構成であり、本件発明は、この構成を採用することにより、以下のとおり顕著な作用効果を奏するものであり、これを単なる毅計上の任意事項ということはできないものであり、審決の右判断は誤りである。

(一) 引用例記載の発明においては、ローターはマグネツト(従動磁石)単一体で構成されるものであり、その各マグネツト2は磁気的に結合することが必要であるが、液面の位置をできるだけ正確に表示するためには、マグネツト2をできるだけ密に配設することが必要であるところ、そのため各マグネツト2間の距離を短くすると、マグネツト4(制御磁石)が近接しても各マグネツト2の磁気的結合の方が強力であるため、液面表示のための回転ができなくなるし、それを避けるために、マグネツト2間の距離を一定以上にすると、正確な液面表示ができないという問題がある。

一方、本件発明のマグネツトをローターに埋設させる構成によれば、各マグネツト7の磁気的結合は、ローター4の肉厚により、常に一定の幅をもたせることができ、ローター4を配設するに当たり、引用例記載の発明のような制約はなく、ローター4が互いに接して回転に支障が生ずるようにならない限り、できる限り密に配設することができるものであり、それにより正確な液面の表示を可能とするものである。

これに対し、被告は、引用例記載の発明においても、各マグネツト2及びマグネツト4の磁性材が持つ磁気特性を設計上適宜に選択すれは、各マグネツト2間の距離を短くしても、マグネツト4が接近した場合に各マグネツト2の磁気的結合が解かれて、液面表示のための回転を行うことができるようにすることができる旨主張する。

しかし、引用例記載の発明の出願当時である一九五一年頃、マグネツトとしてはアルニコ磁石が使われているのであるが、その特性はその材質により何種類か存在するが、設計上適宜に選択し得る程広範に各種の性質を有する磁石が存するものではない。

現在使用されているBa-フエライト磁石も、その磁気特性にそれほどの相違はないものであり、アルニコ磁石と同じ問題が生ずる。

したがつて、引用例記載の発明において、原告が主張する欠陥を避けるため、各マグネツト2及びマグネツト4の磁気的特性を適宜選択するということは困難であり、本件発明のような正確な液面表示をすることは不可能である。

(二) また、審決に摘示された被請求人の主張(c)のとおり、同一の大きさの液面計を製作した場合、本件発明は引用例記載の発明に比してマグネツトの質量が小さくてすみ、優れた経済性を有する。

(三) 更に、引用例記載の発明においては、本件発明にはないマグネツトの加工上の問題か生じる。

マグネツトは、「例外なく硬く脆く、切削加工は不可能である。仕上げ加工はすべてグラインダーの研削加工にたよつている。」(甲第一〇号証の六)ものであり、かつ、「アルニコは鋳造用合金ではないので、引け巣が発生しやすく、湯流れも悪い。形状の設計に当たつては、たとえば平面の長さに対して厚みが1/20以下の薄板、5mm以下の細棒、細い孔や溝の存在、100mm以上の厚みをもつ大きな形状の鋳物などは避けなければならない。鋳物不良や鋳物割れが発生しやすいからである。」(前同)という特性を有するものである。

したがつて、引用例記載の発明のローターをマグネツトで構成する場合。五mm以下の細い棒とするときや、フレーム1と回転自在に嵌合する突出部3を構成するための細い溝を設けるときに鋳物不良や鋳物割れが発生しやすいという欠陥を有するものである。

また、Ba-フエライト磁石にあつては、「圧縮方向に直角に交叉するテーブル方向からの凹は不可能であり、また圧縮方向に対して寸法比の大きなものは圧力不均一で製造が困難」(甲第一〇号証の七)なものであつて、かつ、経済的価格を考慮した制約事項として「一、加圧方向に平行する孔は直径2mm以下であること、二、加圧方向に垂直な方向の孔や窪みがないこと」等の制約があり(前同)、ローターをマグネツト自体で構成することには、多数の制約がかかるばかりでなく、経済面での制約をも内在するものである。

これに対して、本件発明は、その製作上マグネツトに対しては特殊な加工をせずに、特殊な形態であるローター自体を加工の容易な別部材で構成することができるものであり、前記のようなマグネツト加工上の問題は生じない。

第三  請求の原因に対する認否及び被告の主張

一  請求の原因一ないし三は認める。

二  同四は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

本件発明の特許請求の範囲に記載された「中心線に垂直方向にマグネツト7を具有し……たローター4」の構成において、ローターの中心部にマグネツトを埋設することは、ローターにマグネツトを具有させる構成の一つの実施態様にすぎないものであり、その具有させる構成をローターの中心部にマグネツトを埋設させる構成に限定して解釈すべき理由はない。

そして、原告は、本件発明がローターにマグネツトを埋設させる構成により顕著な作用効果を奏するとして、本件発明の相違点(二)に係る構成は設計上の任意事項であるとした審決の判断の誤りを主張するが、その前提となるローターにマグネツトを具有させる構成がローターにマグネツトを埋設させる構成に限定されるとの主張自体前述のとおり理由がないものである。

そして、引用例に「第7図はタンク15に取り付けられた本発明の装置を示したもので、上記タンク15内には浮子体16上に制御磁石4が取り付けられている。」(三頁左欄五行ないし八行)と記載され、その他、第一周知例、第二周知例及び被告が審判において提出した昭和四一年実用新案出願公告第二四八六九号公報(乙第一号証)に開示されているように、マグネツトを利用した液面計における一つの構成部品である浮子(本件発明のフロート)について、マグネツトを浮子とは別部品にして「具有し」た構成とすることが開示されており、マグネツトを利用した液面計の構成部品に関し、マグネツトを該構成部品とは別部品にして「具有し」た構成とすることは周知慣用の技術的手段である。

したがつて、審決が相違点(二)に対し、ローターをマグネツトと他材料部品との組合せ構成、即ち、マグネツトを具有した構成にするのも何の困難もなく成しえたものであると判断したことに誤りはない。

更に、引用例記載の発明においても、各マグネツト2は、マグネツト4(制御磁石)との関連において、その磁性材料の磁気特性(例えば磁気強度)を適宜選定することにより、各マグネツト2相互の距離を可及的に短くとることができ、該距離に関して設計自体に制約を受けることはなく、原告主張のように、各マグネツト2を一定以上の距離を設けて配設しなければならないものではない。

また、原告は、本件発明と引用例記載の発明とのマグネツトの質量の差を挙げるが、その質量の差を比較しても、液面計としての本質的な作用効果において差異を生ずるものではないから、審決が被請求人の主張(c)に対し、各マグネツトの質量、強さあるいは残留磁化の決定も、装置(計器)を製作する際の諸条件を考慮して、任意に選択できる所謂設計上の任意事項にすぎないと判断したことに誤りはない。

第四  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

第一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本件発明の特許請求の範囲)及び三(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

また、審決の引用例の記載事項、周知事項、本件発明と引用例記載の発明との一致点及び相違点の認定並びに相違点(一)に対する判断は当事者間に争いがない。

第二  そこで、原告主張の審決の取消事由について検討する。

一  成立に争いのない甲第三号証によれば、本件公報には、本件発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について次のとおり記載されていることを認めることができる。

1  本件発明は、直視型液面計に関する。

閉ざされたタンク、 等に貯留された液体の在高を知るための装置としての液面計は従来簡易な構造を有するものが広く使用されていた。即ち該タンク等に上下二つの孔を穿ち、これに垂直なガラス管に接続される二つの側管を嵌接したものである。該タンク等の内部の液面と該ガラス管内に現れる液面に常に等しいので、これにより該タンク等の液面を直接検知していた。

この装置は簡便かつ安値、精確ではあるが、衝撃によりガラス管が破損する等の事故が起こつた際タンク等の内部の液体が溢出するので極めて危険である。また、ガラス等は熱衝撃に弱くあるいはある種の薬品に浸食されることがある。かかる危険性を回避するためには液面計の指示部とタンク等の内部の被検液体の連係を間接的にすることが必要である。

本件発明は、以上のことに鑑み、マグネツトを極めて巧妙に利用し、エネルギーを要せず、発熱部も有せず、石油プラント等危険な環境においても安全無比の長寿命の直視型液面計を提供することを技術的課題(目的)とする(一欄二六行ないし二欄八行)。

2  本件発明は、前項の技術的課題を達成するために、その特許請求の範囲記載の構成を採用した(一欄一六行ないし二四行)。

3  本件発明は、前項の構成を採用したことにより、(一)液面の所在をマグネツトにより間接的に検知し、指示器がタンクから分離しているので、破損等の事故の際安全である、(二)マグネツトの相互作用による二つの安定状態の遷移により指示器を形成しているので、余分のエネルギーが不要であり、その経済性は著しい、(三)電流開閉部や発熱部がないので引火性雰囲気においても危険性が少ない、という顕著な作用效果を奏する(六欄一四行ないし二五行)。

二  本件発明の要旨について

原告は、本件発明の特許請求の範囲に記載されたローターにマグネツトを具有させる構成は、本件公報の発明の詳細な説明と図面からみて、マグネツトをローターに露出しないように埋設することであると主張するので、この点について判断する。

「具有」とは、その文字の示すとおり、あるものを「具え有する」ことであり、その意味は客観的、一義的に明白であつて何ら不明確な点は存しない。

また、前掲甲第三号証によれば、本件公報においては、「具有」の意味について格別の定義はされていないことが認められる。

したがつて、本件発明の特許請求の範囲に記載されたローターにマグネツトを具有させる構成は、ローターの中心線に垂直方向にマグネツトを具えたものということになり、それ以上、マグネツトの形状、大きさ、ローターからの露出の有無等についての限定はないというべきである。

そして、そのように解しても、特許請求の範囲に記載された技術的事項が不明確又は無意味となることはなく、また、前認定の本件公報の発明の詳細な説明の項に記載された本件発明の技術的課題や作用効果と矛盾することもない。

なお、前掲甲第三号証によれば、本件公報の発明の詳細な説明の項には、「ローター4の中央部には前記境界線8を結ぶ方向に両極を配した従動マグネツト7が埋設されている。」(二欄三五行ないし三七行)と記載され、第3図ないし第6図において、マグネツト7かローター4の中心線に垂直方向に埋設されたように描かれていることが認められる。

しかし、これらはあくまで本件発明の実施例、すなわち、本件発明のローターにマグネツトを具有させる構成のうち、特許出願人が最良の結果をもたらすと思う具体的態様の説明であること明らかであり、これにより本件発明のローターにマグネツトを具有させる構成が限定されるものではない。

そもそも、明細書において使用する用語は、特に特定の意味に使用するために定義を設けた場合でない限り、普通の意味で、明細書全体を通じて統一して使用しなければならないものである(平成二年通商産業省令第四一号による改正前の特許施行規則様式第一六備考8)。

本件発明については、特許請求の範囲においては、「具有」という用語を使用し、実施例においては「埋設」との用語を使用しているのであるが、ローターにマグネツトを具有させる態様が「埋設」に限定されるのであれは、敢えて両用語に使い分ける必要はないはずである。

特許請求の範囲において、実施例の説明に用いられた「埋設」という具体的、限定的な具有方法を表す明確な用語の使用を避け、敢えて「具有」というそれ自体より広範な意味を有する用語を用いたということは、その具有は、埋設を含むより広範なマグネツトのローターへ取付けの態様を意味するものと解するのか相当である。

以上のとおり、本件発明の特許請求の範囲に記載されたローターにマグネツトを具有させる構成は、原告が主張するようなローターにマグネツトを埋設させる構成に限定されるものではないというべきであつて、本件発明の要旨についての審決の認定に誤りはない。

三  次に、本件発明の作用効果の顕著性を挙げて審決の相違点(二)に対する判断の誤りをいう原告の主張について検討する。

先ず、(一)の主張についてであるが、これは、そもそも本件発明のローターにマグネツトを具有させる構成がローターにマグネツトを埋設させる構成に限定されることを前提としたものである。したがつて、その点が理由がない以上、この主張が理由のないことは明らかである。

因みに、原告主張のローターをマグネツトに埋設させる構成にしたからといつて、それにより当然に原告主張のようなローターを密に配設して正確な液面の表示を可能とするという効果を奏するものではなく、そのためには、設計においてマグネツトの磁気特性等を工夫しなけれはならないものであつて、この点で引用例記載の発明と格別の相違があるものではない。

即ち、前掲甲第三号証によれば、本件公報の発明の詳細な説明の項に、「以上のように本発明は真に優れた創意に基づき顕著な効果を収めるものであるが、本発明の所定の効果をもたらすにはローター4の偏心ε、マグネツト5の大きさ、配位および從動マグネツト7の強さ等に一定の制限がある。」(五欄三行ないし七行)と記載され、それに続いて、マグネツト5及びマグネツト7の強さが一定以上であること、ローター4の偏心の重力加速度及びローターの質量との積が一定以下であること等の条件(五欄九行ないし六欄一一行)が具体的数式をもつて示されていることが認められる。

このように、本件発明の実施例においても、ローターが液面の上昇、下降に従い回転して液面を正確に表示するためには、制御マグネツト、従動マグネツトの磁気特性を適宜選択する必要があるものである。そして、本件発明の実施例においてそのような磁気特性の選択が可能であるならば、引用例記載の発明においても、ローター(マグネツト)を可能な限り密に配設して正確な液面の表示ができるよう、磁気特性等を選択することは可能であるはずであり、したかつて、この点で本件発明と引用例記載の発明とで格別の作用効果の差異はないというべきである。

また、原告は、(三)において、審決か被請求人の主張(c)として摘示した点を本訴において再び主張し、用いるマグネツトの質量の観点から本件発明の経済性をいうが、そもそも、この主張も本件発明のローターにマグネツトを具有させる構成がローターにマグネツトを埋設する構成に限定されることを前提にしているものと認められ、その点で既に失当であるのみならず、経済性を問題にするなら、本件発明はマグネツト以外にローター本体の材料が必要であり、製作にあたりローターにマグネツトを具有させるという引用例記載の発明にはない材料と製作工程が必要となる等多方面から評価すべきものであり、単に用いるマグネツトの質量の点のみからそれを評価して本件発明の作用効果の顕著性をいうことはできないものである。

更に、原告は、(二)において、マグネツトが硬くて脆く、加工方法も限られる等のことを挙げて、直径が一定の大きさ以下のものは鋳物不良や鋳物割れが発生する等、引用例記載の発明のようにローターをマグネツト単一体で構成することには設計上の制約がある旨を主張する。

しかし、引用例記載の発明のローターはマグネツト単一体で構成するのに対し、本件発明はローターにマグネツトを具有させるものであるから、両発明において同一の直径のローターを製作する限り、本件発明のマグネツトは引用例記載の発明のマグネツトより細いものが用いられるものであり、細いマグネツトの製作に不都合があるというなら、本件発明にこそより強く当てはまるものである。

また、引用例記載の発明のローターの突出部(第2図の軸株3)の直径はローターの直径より小さいものではある。

そして、これに関し、成立に争いのない甲第六号証によれば、引用例には「軸株3は第3図における磁石2の長手方向軸断面図より判るとおり(略)凹所3'内に嵌装することができる。」(二頁右欄九行ないし一二行)と記載されていることが認められる。

しかし、マグネツトに凹所を設けてこれに軸株を嵌装することは、軸株をローター(マグネツト)に取り付けるための一方法にすぎないものであり、引用例記載の発明において軸株の材質、直径、その取付方法等は何ら限定されていないのであつて、それらはローター本体を枢支する強度を持ち得るよう適宜設計できるものと認められる。

したがつて、原告主張の点から引用例記載の発明のローターの製作上の制約をいい、本件発明の作用効果の顕著性をいうことはできない。

四  以上のとおり、審決の誤りをいう原告の主張はいずれも理由がなく、審決が、本件発明においてローターがマグネツトを具有した構成を採用することは何の困難もなく成しえたと判断したことに誤りはない。

第三  よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は理由かないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条の規定を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 成田喜達 裁判官 佐藤修市)

別紙図面一

〈省略〉

〈省略〉

別紙図面二

〈省略〉

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